ゲームボーイ版『夢をみる島』の発売から実に26年、
ついにリメイク版が発売されましたね。
「リメイクはオリジナルに及ばない」という意見はあります。
まあ、これは仕方ないことでしょう。
”思い出深いから”こそ、オリジナルがいいというのは自然なことです。
私にとっても、オリジナルを少なくとも2桁くらいは周回したので、
思い出深い作品であります。
しかしながら、このリメイク版はオリジナルに負けず劣らずな作品と
個人的に思っています。
古参の自分がそう思ったのだから、リメイクとしては十分いい出来でしょう。
そんな思い出深いゲーム『ゼルダの伝説 夢をみる島』が、
なぜ今なお語り継がれる名作なのかを考えてみたいと思います。
オリジナル版またはリメイク版を未プレイの方は、
この記事を閲覧しないことを”強く”お勧めします。
それではまず、この『夢をみる島』のコンセプトとしては、
『ゲームボーイにおける最高傑作』というのは有名な話でしょう。
そして、そのコンセプト通りに、ゲームボーイにおける名作の一角として
その名を連ねています。
当然、『ゼルダ』の名前だけで売れたわけではないため、あらゆる要素が
合わさって、プレイヤーの心に残り続けているのです。
この記事では、その要素を洗い出してみます。
個人的な意見がありますので、参考程度に思ってください。
・世界観について
『夢をみる島』のストーリーは、『コホリント島』という南の島が
舞台になっています。
嵐に遭い、遭難したリンク(プレイヤー)はこの島の浜辺に流れ着き、
ゼルダ姫とよく似た少女『マリン』に介抱されて目を覚まします。
この島に生活する人々(たまによくわからない生物)はどれも個性的な
キャラが多く、非常にコミカルな雰囲気があります。
この作品は『ゼルダ』シリーズの第4作に当たり、これの前の作品は
スーファミにおける名作の一つ『神々のトライフォース』です。
『神トラ』の時点で個性的なキャラは数多く存在しましたが、
今作『夢をみる島』のキャラがこれ以降の作品に登場したことを考えると、
今作の雰囲気が及ぼした影響は少なくはないでしょう。
(例:マリンの父親で、マリオにそっくりな風貌の『タリン』、要所で
リンクに助言を与える『フクロウ』が『時のオカリナ』にも登場している。
ただし、どちらも全くの別人)
また、他のシリーズとは大きく異なる点が数多くあります。
それは、『クレーンゲーム』や『黒電話』など、現実かつ現代の品物が
普通に存在していることや、クリボーやパックンフラワー、ヘイホー、
カービィ(ただし別人?)などが敵キャラとして登場し、『マリオUSA』の
ラスボスであるマムーや『カエルの為に鐘は鳴る』のライバルである
リチャード王子が住人として普通に存在したり、あるキャラに至っては
なぜかピーチ姫のブロマイドを持っていたりなどです。
また、後に発売された『どうぶつの森』のような童話的な村も存在し、
現実とファンタジーが入り混じった不思議な世界観を形成しています。
複数の他シリーズのキャラが『コホリント島』に存在している理由や、
妙に混沌としたキャラ(歌って踊るマンボウや現代的な服装の釣り人など)が
存在していることは、すなわちこれこそが終盤の伏線であると考えられます。
(眠ったときに見るであろう『夢』は整然としている物ばかりではないこと。
かつ、クリアにはかつて『夢の国』を支配したマムーに会う必要がある。)
また、他シリーズのキャラは登場してないものの、後年の『ムジュラの仮面』は
『夢をみる島』と酷似した要素が存在します。
夢をみる島:風のさかなが見た夢にリンクの意識が同調した世界
『コホリント島』を冒険。
妙に現代的な品物(黒電話など)が存在する。
ムジュラの仮面:リンク、ムジュラ、スタルキッドの意識が同調し、
あたかもパラレルワールドのように生まれた世界『タルミナ』を冒険。
妙に機械的でファンタジーの雰囲気にそぐわないダンジョンである
『グレートベイの神殿』が存在する。
『ムジュラ』にもバンドグループ『ダル・ブルー』の演奏する曲として
『風の魚』というものが存在しており、裏設定によると、
『タルミナ』の世界もリンクが去った後は消滅してしまったようなので、
あまり無関係とも言えないと思います。
ベクトルは違うものの、『混沌とした』要素があることも共通しています。
少し話は逸れましたが、この混沌としつつも親しみやすい世界観が
印象に残りやすかったのだと思います。
・ストーリーについて
間違いなく、本作の評価点の大部分を占めている要素です。
ゲームボーイ中期の作品とはいえ、グラフィック面で魅せる演出は
不可能でないにしろ、容量的にはかなり難しい問題ではあります。
(後期では容量が増えたため『ふしぎの木の実』で実装されている)
容量をうまくやりくりして印象深くするには、やはりストーリー面に
特に力を入れる必要があります。
(グラフィックとテキストでは、テキストの方が容量をあまり使わずに済む)
『夢をみる島』のストーリーをざっくり説明すると、
- 遭難したリンクが『コホリント島』に辿り着く
- ヒロインである『マリン』と出会う
- 自分の持ち物を探していると、喋る『フクロウ』に導かれる
- 『8つの楽器』を集めることが島を出る唯一の方法と教えられる
- 個性的な住民たちと交流し、島の冒険を進めていく
- ”この世界の全ては作り物”という真実を突きつけられる
- 終盤でマリンの葛藤が描写される
- 『消えたくない』という思いを持った『悪夢』を撃破する
- 島の全てを犠牲にして、リンクは『夢』から目覚める
という、『勧善懲悪』では済まされないどんでん返しがあります。
初見プレイでトラウマのような衝撃を受けるのは、間違いなく⑥の
”この世界の『全て』が作り物であり、ヒロインであるマリンですらも、
何もかもが虚構の存在である、という真実”でしょう。
この真実をプレイヤーは知ってしまいますが、それでもなお島の住人は
いつものように生活を続けています。
唯一、マリンだけがこの世界の正体を察してしまっているような描写が
あることが、プレイヤーにさらなる迷いを生むでしょう。
そして、ダンジョンのボスとラスボスのセリフを要約すると、
『お前(プレイヤー)さえこの島に来なければ、自分たちは存在し続けられた』
というものであるため、本当の『悪』はリンク(プレイヤー)というような、
善悪をプレイヤーに問いかける要素もあります。
(恐らく”自分たち”とは、島の住人も含まれているのかもしない)
リンクは現実世界の存在であり、もしも目覚めることが無ければ、
あのまま海の藻屑となってしまうのは間違いないことです。
しかし、リンクが夢から目覚めるということは
”今までにこの世界で関わってきた存在の全てを否定する”
ことに近い選択です。
プレイヤーもまた現実の存在であるため、いつかはゲームを終えて、
現実の生活に戻る必要があります。
自分が『生きる』ことを『善』と捉えるか『悪』と捉えるかは、
ここはもう、個人の思想に関わる問題でしょう。
しかしながら、『風のさかな』がリンク(プレイヤー)に授ける言葉に、
「この島の思い出は現実として心に残る。
君はいつか、この島を思い出すだろう」
・・・・・・というものがあります。
目覚めることで(=ゲームを終えて)いつもの生活に戻るということ、
生きている限りは再び『コホリント島』という世界の夢をみる
(=ゲームを新たに始める)ことを想定しているようなメッセージであり、
目覚めの使者リンクへの言葉でありながら、メタの存在であるプレイヤーへの
言葉であるように思えます。
『善』か『悪』かでは決して割り切ることができない展開や、
メタ要素であるとすぐには気付けない絶妙なメッセージ性が、
今なお名作と語り継がれる要素なのでしょう。
・小ネタについて
ストーリー面で特に評価されていると思いがちですが、
非常にカオスなギャグ要素もまた、この作品の魅力であると思います。
特にマリン関連。
例1:マリンとデート中に『風のさかな』を演奏
↓感想
例2:マリンと一緒に井戸に落ちてみる
踏みつぶされた上で、ヒロインらしからぬセリフが・・・・・・。
例3:マリンと一緒にクレーンゲーム
リメイク版は上か右かしか動かせないのに、右下(店主のいるところ)に
クレーンを移動させるようなバグ技を知っているほどのプロらしく、
この直後に放り出される。
(ゲームボーイでは自分も店主にクレーンを向かわせることができるが、
掴むことは不可能。)
・・・・・・とまあ、妙にはっちゃけた小ネタが満載であったことも
印象深さに拍車がかかったのでしょうねぇ。(他も多数アリ)
よくもまあ、これだけ詰め込んだな・・・・・・。
『名作である』と言われ続けているだけあり、考えていて「なるほど」と
思った要素がかなりありましたね。(個人的に)
オリジナル版をやったことが無いのに読んでしまった方も、
この機会にプレイしてみてはいかがでしょうか?
オリジナルしかやったことが無い方も、現代的解釈が盛り込まれていて、
なかなかいい感じのリメイクになっていますよ。
(さすがに、人魚のアレは修正されてしまいましたが。)
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